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 車中泊 カーネル vol.16


四国・佐田岬半島を巡る

Part.11 佐田岬半島に立つ灯台を撮影する


<<< 2013年3月10日発売 >>>


 
 カーネルSTAFF writer ・ photographer  岡村博文 Okamura Hirofumi

●筆者紹介●岡村博文 おかむらひろふみ
1957年生まれ。広島県在住。地元のパソコン講座の講師を務める。
四輪駆動車専門誌のレポーター・カメラマンで活躍中。
高校時代からひとり旅が好きで、徒歩・自転車・単車・電車・車を使い沖縄県を除く日本を1周。
2001年より趣味のカメラで「朝日と夕日撮影」を目的に三十数回に分けて総走行距離約6万キロを走り、2010年5月の北海道旅で日本2周目を終えた。現在は日本3周目(撮影旅は2周目)に挑戦中!・・・。

旨い魚を育む豊予海峡に突き出た佐田岬半島に立つ灯台を撮影してきた。
海の難所として知られる、黄金碆に照射された光が幻想をさそった。
<<<P58とP59>>>

今年の初走りは四国の佐田岬灯台を目指した

 今年の正月明けは冬の季節風がもたらして西高東低の冬型気圧配置で二本海岸には雪が降り、太平洋側には乾燥した冷たい風が吹いていた。初詣でを兼ねて島根県の出雲に行こうと思ったが天気予報を見ても日本海側は大荒れで大雪になるだろうとのこと。しかし、冬型の天気図の中でも、唯一晴れマークがあるのが四国の西部あたりだった。
 広島県からしまなみ海道を四国に渡り、今治市から松山市で夕やけこやけラインを南下して八幡浜市に向かう。佐田岬半島の佐田岬メロディーラインを走り佐田岬灯台を目指した。
 佐田岬(さだみさき)半島は、愛媛県西部の豊予海峡(別称:速吸瀬戸(はやすいせと)に突出した全長40kmの半島だ。瀬戸内海国立公園に属して、半島腹部は佐田岬半島宇和海県立自然公園に指定されている。北に瀬戸内海、南に宇和海、西は豊予海峡をはさんで九州までわずか15km、佐賀関半島と向かい合う。岬端の先端付近には岩礁が多く、その一つ黄金碆(おうごんばえ)は海の難所として知られる。


道に迷いながら半島の先端を目指す

 半島を縦貫する国道197線は、かつては宇和海側の山腹に沿って走って曲がりくねる悪路で、197をもじって、“イクナ”酷道(こくどう)とすら呼ばれていた。現在では、半島の尾根を縦走する頂上線(通称・メロディーライン)が完成(昭和63年)して八幡浜市から三崎港まで40分ほどで行けるようになった。
今回は宇和海側の朝日撮影場所を探すために三崎町から梶谷鼻を目指した。道に迷って再びR197線に出た。反対側から再度チャレンジして大佐田から三崎町を通って井野浦から梶谷岬を目指したが、また道に迷い井野浦(阿弥陀池)から三崎灘へ出てしまい最後は道が無くなった。どうやら、今回は梶谷鼻は見ることを許されなかった。
しかし、佐田岬半島の綺麗な海・漁村・果実畑・細い道などの自然あふれる景色や周囲の面白さは変わらなかった。


顔にあたると痛い 突風のなか 必死でブレを防いだ

 佐田岬の駐車場に着いたのは14時過ぎ。クルマから降りると突風北よりの風が吹いて雪も混ざり寒い。日没までに3時間近くあるが待ち切れず、15時過ぎに灯台を目指して出発。日没後にも撮影予定だったので2枚の防寒着と食糧と飲料水とLEDランプ3種類とカメラ機材(レンズ5本・カメラ2台・三脚)で総重量25kgを背負った。駐車場から灯台までは1.8kmほどでアップダウンの道のりだ。
 しかし過去来たときより遊歩道(前半部分)がきれいに舗装されて歩きやすくなっていた。灯台が見える椿山展望台は16時着。展望台は突風で顔にあたると痛い。思っていた以上に冷たい強風だったが防寒着も予想以上に着込んでいるので耐えられそうだ。撮影が目的なのでカメラがブレルのを防ぐため風避けになるので必死だった。


岩礁を照らす灯台の光りがとても綺麗だった

 日没に近付くと景色が一変。九州の山々がオレンジ色に変わり美しい光景となる。800mmの望遠レンズで覗くと、幻想的で時間が止まった別世界のようだ。観光で訪れた人たちにもファインダーを覗いてもらうと、「綺麗だ!」「ワア〜」と声が漏れ絶句する。誰が見ても感動する景色には驚き方が同じようだ。
 今回の撮影では“灯台=光り”を表現したくて日没後の灯台を撮影をする準備をしていた。岬付近の黄金碆(おうごんばえ)をサーチライトで照らしている光景を狙う。灯台の光は回転するが、サーチライトは一点だけを照らしている。これを写真で表現するとどうなるのだろうと考えていた。カメラ用語でいうと、ISO感度・絞り・露出を探りながらバルブ(シャッターを開けたまま)撮影で時間を決める。日没が17時過ぎで撮影終了が18時30分と1時間30分も寒い中を頑張ってみた。
 夕日が沈むと佐田岬灯台が暗闇を照らす白色光は九州までとどき、潮流の速い豊予海峡を航路する船舶安全の守護神となるのだ。対岸の佐賀関灯台の光も見えていた。た。そして海南防止のため、佐田岬の南沖合い650m付近の“黄金碆”という岩礁にある標識灯にライトが照らされのだ。1点を照らす一直線の光りが綺麗に見えて、航海する船と景色が重なり合い妙に安心感を覚えた。

撮影が終わり駐車場に帰ったのは20時前でクタクタ状態だった。そこに車中泊をする車が3台停まっていたので私も仲間に入れてもらった。機材を片づけ服も着替え簡単に食事して就寝は21時過ぎ。
次の朝日撮影は駐車場からと決めていたが、目が覚めた5時過ぎにふたたび朝日撮影のために灯台に向かった。


 <<<58ページの写真の説明>>>
キャプション01
佐田岬灯台
瀬戸内海国立公園に属して四国最西端の佐田岬半島の先端にそびえる白亜の灯台(地上〜頭部18m・水面〜灯火49m)、光達距離は35km。晴れた日には豊予海峡(ほうよかいきょう)を隔てて九州を遠望できる。
豊予海峡に望む佐田岬は海上交通の要衝で第2次大戦中まで要塞地帯でもあった。(撮影1月3日)

キャプション02
佐田岬半島の佐田岬漁港の数キロ前。細長い半島を実感できる風景で海沿いには家が点在する。

キャプション03・04  写真の間に説明をいれてほしい
この際だから、“椿山展望台”からの九州に沈む夕日の位置をお見せしよう。↑上の写真は11月1日。↓下の写真は5月3日。灯台にいちばん絡むのは12月中旬かな。カメラマンからすると、もう一度チャレンジするしかないだろう。

キャプション05
佐田岬灯台の対岸の佐賀関半島〜右側が別府市方向。望遠800ミリの世界で夕焼けがオレンジ色になり山並みがとても綺麗だった。煙突の煙まで見えてしまう。



<<<59ページの写真の説明>>>
キャプション06
黄金碆(おうごんばえ) 佐田岬灯台にある看板より
佐田岬の南沖合い650m付近に黄金碆という岩礁があり、潮流が速く通行船舶の障害となっていたので、昭和25年9月に岩礁上に灯柱が設置された。しかし保守作業が大変危険で昭和51年佐田岬灯台から岩礁を照射する方式(黄金碆照射灯)に変更して、管理の合理化と船舶通航の安全に大きく貢献している。
三崎町誌によると“黄金碆と海賊”の物語があるそうな?

キャプション07
朝日を浴びる佐田岬灯台。朝日で白亜色した灯台も朝日で赤く染まっていた。

キャプション08
駐車場から灯台に向かう遊歩道。昔ながらの樹生林の間を縫って歩き木々は風よけにもなっている。駐車場から前半は舗装道で後半は石を敷き詰めた道で歩きやすい。


キャプション09
灯台までの遊歩道でいったん海面ちかくまで下がる。このあと少し登ると灯台が見える。結構、アップダウンが長いので夏には飲料水を用意すること。前半に自動販売機があるが、この日も売り切れで品切れとなっていた。

キャプション10
宇和海に輝く朝日
佐田岬灯台の横の階段付近からの朝日撮影。日の出は愛媛県の宇和島あたりかな。灯台近くからの撮影で宇和海を赤く染めた。

キャプション11
佐田岬の駐車場
無料の駐車場で車は40台停められる。トイレも駐車場も綺麗。但し、5月の連休には要注意。

キャプション12
豊予海峡(速吸(はやすい)瀬戸)の流れ(宇和海から瀬戸内海の流れ)
豊予海峡は、潮の流れが非常に速いことから「速吸(はやすい)の瀬戸」とも呼ばれています。南北から海峡に流れ込む潮流は、わずか13.5kmの狭い瀬戸で行く手を狭められ、最大約5.5ノット(時速約10km)にも達する急流となります。写真の真中あたりに“黄金碆”左側には漁船が見えます。

キャプション12に 入れば・・・
豊予海峡には、北は関門海峡、東は瀬戸内海、そして南は太平洋からの3つの海水が交互に流れ込んで干満の差で急潮となる。世界的にも珍しい3つの潮流(湧昇流)から運ばれる豊富な栄養素が、豊予海峡の豊かさで魚の身が引き締まり岬魚が旨い理由でもある。

(<<<カーネルは年4回の季刊で刊行>>>
現在は3、6、9、12月の季刊で発売されています。

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@エバポレーター上部の樹脂製カバーを外した状態。フィンにホコリが・・・。 Aホコリを取るのに様々な方法を試したが、結局この方法が有効だった。 B集めたホコリ。どうです。63000km走行でこの量。ゾットします。 C最後に、洗浄液(速乾性タイプ)をシュ〜と万遍なく吹きかけて終了。 秘密基地のできるまで@ 本邸裏手、ガレージ予定地の整地。経費を浮かせるため、ユンボとダンプを借りて自分で作業した。 秘密基地のできるまでA 道路とツライチになるまで掘り下げた。これは1階のガレージにクルマを入れやすくするための措置。 秘密基地のできるまでB ガレージの基礎を打ち、木製の柱を組み立てたところ。2階建てで、上下とも各31uの広さにした。 秘密基地のできるまでC 完成!!ガレージにはシャッターを取り付け、外気をシャットアウトできるようにした。2階も窓付きとした。 1階のガレージにはクルマやバイクを収納。胴体部がコンテナになったサンダーバード2号よろしく、キャンプ道具を積んだジムニーが待機している。 秘密基地の司令部となる2階の部屋。サンダ-バードでいうなら「多機能宇宙ステーション」。ネットを通じ、あらゆる情報が入手できる。 壁には、予備の燃料タンクやグリル、ラジエター、エアクリナー等も吊ってある。 LJ20のウィンカーやライトなど、バラバラにしたパーツを箱に入れて保管している。 スチール棚を3組並べ、ジムニー(LJ20)の予備エンジン2基、ミッション1基、トランスファー1基などを保管してある。 2階は、私の「趣味の宝物」がある。回転椅子360度回転せば、それらはいつでも手に取ることができる。また、ここは情報を集め、整理し、次の遊びをいかに楽しくするかを作戦する部屋でもある。写真の自転車も、サンダーバードメカのごとくいつでも出動可能なのだ。 岡村博文(広島県)  四駆とカメラ、ツーリングと温泉、そして旬の海鮮モノが大好きなエリアレポーター。愛車はジムニーLJ20とJA11。 最初はリアの荷台に蓋がわりの板を渡し、ボディー同色にカラーリングしていた。 荷台に渡す板は収納時のことを考えて板はこのように2枚に分割可能とした。 分割式とした2枚の板は金具で連結するようになっている。 愛犬ログを乗せるスペースを作った。脱落防止の柵は、長男の使っていたベッドの手すりを加工して作った。ログもなかなか気に入ったようで、手すりにアゴを乗せたりしてリラックスしながら乗っている。 1999年に行った紀伊半島・十津川ツーリングにて。たぬき組の中には古いジムニーを愛する者が多い。 助手席から荷台にかけてベッド板を設置したが、荷台の上にまたがるバーが曲者だった。このバーのおかげで寝返りがうてず難儀した。 助手席を外した場所には荷台と同じ高さになるように木製フレームを設置し、その上に板を渡した。 助手席後ろに取り付けてあったスペアタイヤは、このように荷台に渡した板の上に固定してみた。 LJ20用オリジナル幌・最新バージョン   LJ20に乗る友人が先に作った幌を参考に、自分のアイデアを盛り込んで設計した最新版のオリジナル幌。幌の取り付けや取り外しの時間が短く、ドアも脱着できる。いろんな状況に対応可能で、個人的にかなり気に入っている。製作は近 ミシンを使って自分で縫った初代幌。堀ドアはボロボロだった純正幌を修理したもの。 幌ドアを取り外せばビキニトップ仕様に・・・   新型幌もビキニトップ形状。ドアを取ればかなり爽快だ。 幌側面にも工夫がある・・・   幌側面は純正幌骨に結びつける。幌の横幅に余裕があり、雨滴が進入しづらくなった。 透明フィルムの取り付け・・・   リアの透明フィルムは、このように紐を使って、純正の幌骨にくくり付けるようになっている。 折り畳めばコンパクト・・・   幌も幌ドアも外して折り畳んでしまえばこんなコンパクトになる。収納性は純正の比ではない。 透明ビニールで密閉・・・   雨の日、寒い日は透明なビニールシートで後ろ側の空間を遮断する。 これがテント屋に頼んで新たに造り起こしてもらったオリジナル幌。使い勝手は素晴らしくよくなった。 風通しをよくしたい時は、このようにハーフドア仕様になる。 幌と幌ドアの密閉性が向上し、キャビンは雨漏りしなくなった。 幌ドアはこのようにジャンパーを使って開閉するようにした。乗り降りは多少面倒になったが、全体の密閉性が向上した。 トランスファーギヤが折れ、グチャグチャに・・・   図はLJ20のトランスファーギヤ。走行中に四輪ロックした事故の後にバラしてみると、ギヤが折れ、ギヤボックス内がグチャグチャになっていた。左図中、グレーに着色してあるのがトランスファー周りで交換した部品。オ 写真はトランスミッションのハウジング。ニコイチでパーツを揃えるなどして整備した。 こちらもトランスミッションのシャフトとギヤ。サードギヤまわりでは、新品の純正部品が入手できないものもあった。 標高560mの高台にあるタヌキの城(ログハウス)。手作りのため、完成までに7年かかった。 1992年に水漏れしていたラジエター本体を修理。1993年にはサーモスタットと冷却水まわりのゴムホース、そしてゴムホースを止めるクランプ等を全て交換した。 LJ20−1型はもともとオリジナルは助手席のヘッドレストがない。これを探し続けていたのだが、偶然にも解体屋でお目当てのシートに出会うことができた。 バネがヘッタっていたので、バラして鉄の板を追加、フレームも塗装した。 前回に引き続き、我が愛車LJ20の10年間の足跡をご紹介します。「ジムニーは等身大のオモチャ」とはよく言ったもの。幌の作成に始まって荷台の蓋、愛犬用のスペースまで、クルマを様々にカスタマイズして楽しんでいます。いや〜ジムニーってホント、いいですね。 岡村博文(広島県)  四駆とカメラ、ツーリングと温泉、そして旬の海鮮モノが大好きなエリアレポーター。愛車はジムニーLJ20とJA11.