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車中泊 カーネル vol.15

鳥取砂丘〜浦富海岸を巡る

Part10 私の撮影旅は3種類の手段がある 


<<< 2012年12月8日発売 >>>



 
 カーネルSTAFF writer ・ photographer  岡村博文 Okamura Hirofumi

●筆者紹介●岡村博文 おかむらひろふみ
1957年生まれ。広島県在住。地元のパソコン講座の講師を務める。
四輪駆動車専門誌のレポーター・カメラマンで活躍中。
高校時代からひとり旅が好きで、徒歩・自転車・単車・電車・車を使い沖縄県を除く日本を1周。
2001年より趣味のカメラで「朝日と夕日撮影」を目的に三十数回に分けて総走行距離約6万キロを走り、2010年5月の北海道旅で日本2周目を終えた。現在は日本3周目(撮影旅は2周目)に挑戦中!・・・。

私の撮影旅は日数によって違う。
地元・近距離・遠距離と分けている。
年間を通して趣味を楽しむには一泊の車中泊を一番活用する。
そんな近距離一泊の撮影旅を紹介しよう。
<<<P58とP59>>>

年間を通して撮影に出かけるためには、
3種類の手段がある

私の場合、太陽を追いかける撮影旅にでかけられる手段として3種類の方法がある。
その1は、近場で朝3時過ぎに家を出て8時までに帰宅して仕事に出勤する。休日なら夕日を撮影して夜に帰宅する地元撮影である。近いだけに1週間、連日撮影に出かけることもある。
その2は、1泊して中国地方・四国地方などの近距離をポイントで撮影する。
その3は、1度の旅で2〜10泊をかけて九州・東北・北海道など、数千キロを走破して撮影するスタイルだ。
今回は、その2、1泊の車中泊の撮影旅について紹介しよう。
近距離地での撮影なら朝日も夕日も簡単にゲットできるように思われがちだが、なかなかそう簡単にはいかない。近距離地(1泊で行ける圏内)ならでは、もっと綺麗な場面を撮影しようと何度も足を向けることになる。10年間で山陰地方(四国も含め)に何度通ったことか。山口県の角島〜萩〜津和野。島根県の出雲〜宍道湖〜日御碕〜中海〜弓ヶ浜。鳥取県の大山〜鳥取砂丘。兵庫県の丹後半島。
中国地方では日本海に面した地形や風景は特有の景色が見られる。今回は、その代表的な山陰海岸国立公園・鳥取砂丘を中心に走ってきた。


何度も趣味を楽しむには一泊の車中泊が有効

休日前の仕事を終えて家を出て20時頃、コンビニで夕食と次の朝食をゲットしてから目的地を目指す。仕事後のため運転で疲が出るので、遅くても1時頃には車中泊をするように心がけている。3〜4時間ほど寝て撮影に入る。近距離地での撮影ポイントは、すでに把握しているので朝起きて慌てて撮影場所を探す必要がなく、カメラのセッティング時間が少なくてすむ。
一般的には数泊の車中泊をしてこそ「車中泊で旅をした」といわれるだろう。しかし、趣味として魚釣り・登山・サイクリング・マラソン・写真・スキーなどで車中泊している人も多い。1ケ月に何度も趣味を楽しむことは休日を使う。しかし休日の朝に出掛けると走行できる範囲もズット狭くなり、帰宅時には疲れもドット出て次の日の仕事に悪影響となる。そこで、誰もが考えるのが前日から出掛け、車中泊で1泊すつろいう方法法だ。行動範囲が広がり利便性が高まる。
鳥取砂丘での車中泊場所は、砂丘の近くの駐車場を利用した。


大地の造形美、鳥取砂丘を歩く

山陰海岸国立公園・鳥取砂丘は長い年月をかけてできた日本最大級の砂丘。風紋などの雄大にして繊細な風と砂の力に魅了される。観光や撮影に何度か行ったが夏の炎天下の砂丘は最悪で、砂に埋まる靴が砂の熱さで足に伝わってくる。地面からの反射熱も身体に照り返す(5月は裸足で歩くと気持ちいいヨ)。いいかげん疲れが溜まった頃に砂の山「馬の背」にたどりつく。登りきると真っ青な日本海が目に飛び込み、吹く潮風は汗をイッキに吹き飛ばしてくれる。
日差しから逃げるように「砂の美術館」へ行ってみることにした。
鳥取砂丘の一角に野外美術館があって、毎年テーマーを変え、世界トップクラスの砂像彫刻家が作品を創り展示されている。繊細な砂で圧倒的な存在感にあふれ、感動的だった。


山陰海岸ジオパークの美しい海岸線を走る

西の鳥取県鳥取市白兎海岸から東の京都府京丹後市経ケ岬までの東西約110kmの「山陰海岸ジオパーク」が世界ジオパークに加盟認定された。日本海形成に関わる多様な地形・地質と文化・歴史の関わりを体験できるところだ。
クルマで海岸線を走ると真っ青な海と空と打ち寄せる波が白く印象深い。何処か朝日と夕日撮影のポイントはないかと海岸線を駆け回る。道沿いからは日本海の荒波と風雪が彫り上げた絶壁や洞門や奇石などの豪快な景観はみることができないが、冒険クルージングで島々を遊覧船で巡ることができる。何度もクルマを停めて撮影場所を探す。
浦富海岸は「山陰の松島」とも呼ばれる景勝地だ。その中の札場所で有名な「菜種島・菜種五島(なたねごとう)」にカメラをセットすることにした。ほかに砂丘付近での撮影ポイントを探して「餘部鉄橋」や「東郷湖”にも立ち寄った。




--- メモ ---  記事として掲載されていない
今回は、1泊の車中泊で山陰を目指してみたが、頑張れば自宅から往復600〜800km程度を車で走りカメラ撮影の時間も確保できて朝日と夕日も取れることになる。そのことで、年間に何度も出掛けることができて撮影時期を変えることも可能になり綺麗な景色に遭遇する可能性が増すことになる。
しかしながら、私の思い描く朝日と夕日にはなかなか出合うことは少ない。
これからも太陽を追いかけて感動を求める旅は続くだろう。

 <<<58・59ページの写真の説明>>>

記事は過去3回の旅から〜
2007年5月 −丹後半島〜餘部鉄橋〜鳥取砂丘
2010年8月 −鳥取砂丘〜東郷湖
2012年9月 −鳥取砂丘〜餘部鉄橋
鳥取砂丘は、8回以上は行っている。

キャプション 01 57ページの上大きい写真
菜種島・菜種五島(なたねごとう)
高さ約60m、周囲400mで春には野生化した菜の花が咲き乱れることからこの名が付けられた。五つの島が美しい配列を形成しているのが“菜種五島”。

キャプション 02 
西脇海岸
東浜海水浴場の西に位置し、花崗岩の島々から形成されている。青い海、白い花崗岩と砂浜、小鳥や山の松の青さが絶景をつくり、「寝覚めの佳境」とも称させている。

キャプション 03
兵庫県新温泉町居組にある“県民サンビーチ” 。海岸線を走っていたら突如としてこんなに綺麗な景色に出くわす。こんな綺麗な砂浜に1日でもゆっくりしたい気持ちなる。

キャプション 04
ジオパークとはユネスコが支援する世界的な自然公園。
地質学的に重要で貴重な地層、岩石、地形、火山、断層などの地質遺産を含む一種の自然公園。平成22年10月に浦富海岸を含む山陰海岸ジオパークが世界ジオパークネットワークに加盟認定された。

キャプション 05
真夏の砂丘だというのに観光客は暑い日差しの中を“馬の背”を目指す。ペットボトルを片手に水分補給をしながら日本海が一望に見える砂丘へ歩く。

キャプション 06
山陰海岸ジオパークの海岸線を走ると海の中に岩が点在する。もっと大きな奇石や絶壁を見るためにはクルージングで巡ることになる。

キャプション 07  58ページ 上の大きい写真
日本最大規模を誇る「鳥取砂丘」南北2km、東西16km、最大高低差90mとまさに日本一のスケール。その成り立ちの歴史は十万年前に遡る。中国地方から流れ出た千代川が運ぶ砂と日本海の沿岸流が運んだ砂が風と波の力によって集まり、気の遠くなるような時間をかけて推積してできた大砂丘は、自然がつくり出した偉大な造形なのである。
「遥かなる時。鳥取砂丘」の看板より

キャプション 08
砂丘の“馬の背”に太陽が沈む瞬間を待った。スケールと迫力はあったのだが、太陽が水平線に落ち空も海も紅くなり太陽の中に人のシルエット撮影は不可能となってしまった。30分前まではこの雲はなっかったのに・・・残念だった。

キャプション 09
“馬の背”でのこんなドラマがあったのに・・・とても残念でしかたない。昼間から夕方のこの時間を待ち望んでいたのに!

キャプション10
上−現在の餘部鉄橋。
下−2007年の頃の旧餘部鉄橋。
旧橋梁は、運用終了時までトレッスル橋として日本一の長さ(全長310.59 m川の河床からレール面までの高さ 41.45 m)で98年の長期運用実績を残した。平成22年に新しいコンクリート橋として橋架け替えをした。旧余部鉄橋は貴重な近代遺産を残そうと11本の橋脚のうち、3本が橋げたとともに残されている。

キャプション 11
東郷湖は山陰八景のひとつで県立自然公園の一部の汽水湖で「鶴の湖」の愛称で親しまれている。エビ・ワカサギ・シラウオなどを昔ながらの仕掛けで網の四隅に竹を張り湖岸の小屋から仕掛けで漁する「四ツ手網」は湖畔のランドマークになっている。

キャプション 12
砂の美術館は砂の彫刻「砂像」を公開するため2006年11月、鳥取砂丘の一角に野外美術館として誕生。私が見学したのは2010年8月の第4期「砂で世界旅行・アフリカ」“偉大なる大陸の歩みを訪ねて”だった。砂でこんな迫力が出せるのが不思議だった。


(<<<カーネルは年4回の季刊で刊行>>>
現在は3、6、9、12月の季刊で発売されています。

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琵琶湖の夕日 黄金色の天橋立 備中国分寺の夕日 伊勢は最悪の旅のスタートだった 豪快な雲は前線雲かな 四国カルストは天空の地 撮影場所は命がけ? 蒲生田岬は寂しいところ 太平洋を見ながら食事 でっかい朝日に感激 <四万十川河口> 地球の丸さを実感 四国から見る九州への日没 ピンクの夕陽に染まる柏島 開聞岳はまた来いよと! 他国を思わせる景色 瀬戸内海の夕日だるま <伯方島> 掛戸松原の夕日 表現できない流れる雲 限界灘らしくなかった朝日 串刺しの団子が見たくて? 黄金色の八代海 阿蘇の夕日を待つ時間 坊津の景色に見入った 佐多岬の朝日 神威岬の夕景 風と水の音色で北海道を感じた <幌別川> 宗谷丘陵を駆ける 全国を制覇したぞ! <宗谷岬> 壮大な湿原にビックリ! <釧路湿原> 本土最東端の朝日 <納沙布岬> 襟裳の春は何もない春です♪ <襟裳岬> 本州最北端の大間崎 ・・・掲載間違っていた・・・ 海面に神の道? <弁天崎> 湧き上がる源泉露天風呂 <奥八九朗温泉> 朝日撮影は体力勝負 <トドケ崎灯台> 松島を赤く染める 大ハズレの朝日 <塩屋崎> 愛車と朝日 <ジムニーJA11> 富士山は撮影の全国区 電柱より低い灯台 乳頭温泉への雪道 夕日を眺める裸の人たち <不老ふ死温泉> 神秘的な夫婦岩 光の柱はサンピラー <禄剛崎> 車で走れる千里浜なぎさ 従来通りのベッド長を確保しつつ、荷物の出し入れを車外に出ずに行うために、ベッドの天板を半分にし、運転席の後ろ側のベッドを取り去った。 走行中にう荷物の転落を防ぐため、ベッド後部にパイプを装着。ボデイーとパイプの間にゴムを渡して荷物を縛る。 左右に渡す梁は、運転席側を取り去り、後部は残した。前部は梁の位置を下げ、L金具で補強。 ゴムを止めるボディー側は、窓の保護棒を利用。廃品利用で2本に増設し、保護効果も高まった。 向かって左下部に救急道具(牽引ロープ、ブースターケーブル、予備燃料等)や食事道具、ランプ類などを収める。 ベッドを組み立てたまま走行できるようになった。この状態で3段の棚が出来たことになり、ベッド上にパソコンや地図、カメラのレンズなどを置いて走行できる。 ベッド上に置いた荷物が走行中に滑って運転側に落ちるのを防ぐため、幅木を装着。些細なことだが、その効果は絶大だった。 太陽が沈むに従って、海面から橋脚が紅く染まる。瀬戸内海の島々が霞み赤と黒のコントラストがなんとも綺麗だ。 松林大利明林道(野村町)。林道はフラットで、路面も走りやすかった。 佐田岬を去る時にふと振り返ると朝靄が海に向かって浮遊していた。 牛ノ峯林道(双海町):愛媛県、双海町の牛の峯(標高896m)と内子町にまたがる林道。行き止まりで、向きを変えた。 佐田岬物産センター「三崎猟師物語り」三崎漁協直営店。アワビ、サザエ、、伊勢海老等が生きたまま販売されている。 サザエのつぼ焼きの横で、伊勢海老を焼いていると、気になってしょうがない。つぼ焼きでは、日本酒と醤油を少しいれる。 刺身にした伊勢海老を味噌汁にした。狸組のツーリングでは伊勢海老をがメニューになったのは始めてだろう。 標高1,485mの天狗峰を最高峰に25kmにわたって広がる、日本三大カルストのひとつ。北には石鎚連峰、南には室戸岬や太平洋を一望できる視界360度の見渡す限りの大パノラマ。天狗高原の緑の牧草に白い石灰岩の風景の中で牛がのんびりと草を食べる姿を見ていると・・・。 亀の井(うどん屋)。みんなのリクエスト通り、美味しいうどん屋さんにお連れしました。みんな「しょうゆうどん」を注文し、替え玉を注文していた。 今回のツーリングに参加した広島の仲間、「狸組」の面々。中央の白いジムニーJA11が私・岡村の愛車です。 愛媛県今治市と大島を結ぶしまなみ海道の来島海峡大橋に沈む夕陽。撮影場所は大島の「亀老山」展望台。 本文下の(説明 2)、お読みください。 本文下の(説明 3)、お読みください。 本文下の(説明 4)、お読みください。 本文下の(説明 5)、お読みください。 本文下の(説明 1)をお読みください。 地図を見ているのは、今年高校1年生の我が家の長女、好恵です。娘も、時々私の趣味の写真撮影に付いてきます。 私の愛車、ジムニーJA11の車内灯は、何と運転席側のBピラー上にタバコの半分大のものあひとつついているだけ。これでは、夜の暗がりの中で、地図もまともに見れません。 車線変更ラクラクミラーM2Voi  M2は、ワイドタイプのミラーとしても使えるし、1/3だけ別角度に向けて、サブミラーとして使うこともできる。左ハンドルの車にも対応できる。 M2ミラーを裏からみた図。ボールジョイントを使って、サブミラーが自由に動かせるようになっている。詳しくは、ケイズコーポレーションのホームページ「http://keizu-corp.com/pc/」をみて欲しい。 (説明 1) (説明 2) (説明 3) M2サブミラーを助手席窓に合わせると、左上の図のCの位置のクルマがこのように見える。 本来、Cの位置のクルマは、このように振り返って目視しないと見ることができない。 Aの位置の車は、M2サブミラーでは見えないが、Bの位置では、とてもよく分かる。ただし実際は、ヘッドレストがもっと大映しになってしまい、ちょっと見づらくなる。 M2ミラー装着前の状態。ワイド型ミラーをつけていた。左サイドの純正ミラーも、たいした視線移動なしに、フロントウインドゥ越しに見ることのできるもので、気に入っている。 中古のエアコンユニットを探していたら、折良く部品取り用のクルマが手に入った。こちらも前部衝突の事故車だったが、運良くエアコンユニットは無事。被害は及んでいなかった。 ●本文の終わりに説明● ジムニーJA11のエアコンユニット  これが部品取り車から取り外したエアコンユニット。クーリングファンの下にあるのがコンデンサー。細いフィンと冷媒の通る管からなる構造はラジエターに極似している。実はエバポレーター内部のこれとよく似た構造なのだ。 部品取り車のエアコンユニットの取り外し作業をする私。難しいところはプロに手伝ってもらった。 年式によって構成パーツが異なる  上が平成4年式、下が平成6年式ジムニーのリキッドタンク部。冷媒も違うが、使用するパーツも微妙に異なっていたため、丸ごと交換することにした。 オゾン層を破壊しない冷媒  右が古い冷媒。左がオゾン層を破壊しないと言われる新しい冷媒(HFC134a)。どちらも詰め替え用ガスとして入手できる。内容量は200g。 エアコンの不調の原因はココ  この部分、黒く汚れているのがおわかりいただけるだろか。衝突の影響だと思うが、コンデンサー下部が壊れ、パイプから冷媒が漏れていた。 エバポレーターについてホコリ取りは大変だった! @エバポレーター上部の樹脂製カバーを外した状態。フィンにホコリが・・・。 Aホコリを取るのに様々な方法を試したが、結局この方法が有効だった。 B集めたホコリ。どうです。63000km走行でこの量。ゾットします。 C最後に、洗浄液(速乾性タイプ)をシュ〜と万遍なく吹きかけて終了。 秘密基地のできるまで@ 本邸裏手、ガレージ予定地の整地。経費を浮かせるため、ユンボとダンプを借りて自分で作業した。 秘密基地のできるまでA 道路とツライチになるまで掘り下げた。これは1階のガレージにクルマを入れやすくするための措置。 秘密基地のできるまでB ガレージの基礎を打ち、木製の柱を組み立てたところ。2階建てで、上下とも各31uの広さにした。 秘密基地のできるまでC 完成!!ガレージにはシャッターを取り付け、外気をシャットアウトできるようにした。2階も窓付きとした。 1階のガレージにはクルマやバイクを収納。胴体部がコンテナになったサンダーバード2号よろしく、キャンプ道具を積んだジムニーが待機している。 秘密基地の司令部となる2階の部屋。サンダ-バードでいうなら「多機能宇宙ステーション」。ネットを通じ、あらゆる情報が入手できる。 壁には、予備の燃料タンクやグリル、ラジエター、エアクリナー等も吊ってある。 LJ20のウィンカーやライトなど、バラバラにしたパーツを箱に入れて保管している。 スチール棚を3組並べ、ジムニー(LJ20)の予備エンジン2基、ミッション1基、トランスファー1基などを保管してある。 2階は、私の「趣味の宝物」がある。回転椅子360度回転せば、それらはいつでも手に取ることができる。また、ここは情報を集め、整理し、次の遊びをいかに楽しくするかを作戦する部屋でもある。写真の自転車も、サンダーバードメカのごとくいつでも出動可能なのだ。 岡村博文(広島県)  四駆とカメラ、ツーリングと温泉、そして旬の海鮮モノが大好きなエリアレポーター。愛車はジムニーLJ20とJA11。 最初はリアの荷台に蓋がわりの板を渡し、ボディー同色にカラーリングしていた。 荷台に渡す板は収納時のことを考えて板はこのように2枚に分割可能とした。 分割式とした2枚の板は金具で連結するようになっている。 愛犬ログを乗せるスペースを作った。脱落防止の柵は、長男の使っていたベッドの手すりを加工して作った。ログもなかなか気に入ったようで、手すりにアゴを乗せたりしてリラックスしながら乗っている。 1999年に行った紀伊半島・十津川ツーリングにて。たぬき組の中には古いジムニーを愛する者が多い。 助手席から荷台にかけてベッド板を設置したが、荷台の上にまたがるバーが曲者だった。このバーのおかげで寝返りがうてず難儀した。 助手席を外した場所には荷台と同じ高さになるように木製フレームを設置し、その上に板を渡した。 助手席後ろに取り付けてあったスペアタイヤは、このように荷台に渡した板の上に固定してみた。 LJ20用オリジナル幌・最新バージョン   LJ20に乗る友人が先に作った幌を参考に、自分のアイデアを盛り込んで設計した最新版のオリジナル幌。幌の取り付けや取り外しの時間が短く、ドアも脱着できる。いろんな状況に対応可能で、個人的にかなり気に入っている。製作は近 ミシンを使って自分で縫った初代幌。堀ドアはボロボロだった純正幌を修理したもの。 幌ドアを取り外せばビキニトップ仕様に・・・   新型幌もビキニトップ形状。ドアを取ればかなり爽快だ。 幌側面にも工夫がある・・・   幌側面は純正幌骨に結びつける。幌の横幅に余裕があり、雨滴が進入しづらくなった。 透明フィルムの取り付け・・・   リアの透明フィルムは、このように紐を使って、純正の幌骨にくくり付けるようになっている。 折り畳めばコンパクト・・・   幌も幌ドアも外して折り畳んでしまえばこんなコンパクトになる。収納性は純正の比ではない。 透明ビニールで密閉・・・   雨の日、寒い日は透明なビニールシートで後ろ側の空間を遮断する。 これがテント屋に頼んで新たに造り起こしてもらったオリジナル幌。使い勝手は素晴らしくよくなった。 風通しをよくしたい時は、このようにハーフドア仕様になる。 幌と幌ドアの密閉性が向上し、キャビンは雨漏りしなくなった。 幌ドアはこのようにジャンパーを使って開閉するようにした。乗り降りは多少面倒になったが、全体の密閉性が向上した。 トランスファーギヤが折れ、グチャグチャに・・・   図はLJ20のトランスファーギヤ。走行中に四輪ロックした事故の後にバラしてみると、ギヤが折れ、ギヤボックス内がグチャグチャになっていた。左図中、グレーに着色してあるのがトランスファー周りで交換した部品。オ 写真はトランスミッションのハウジング。ニコイチでパーツを揃えるなどして整備した。 こちらもトランスミッションのシャフトとギヤ。サードギヤまわりでは、新品の純正部品が入手できないものもあった。 標高560mの高台にあるタヌキの城(ログハウス)。手作りのため、完成までに7年かかった。 1992年に水漏れしていたラジエター本体を修理。1993年にはサーモスタットと冷却水まわりのゴムホース、そしてゴムホースを止めるクランプ等を全て交換した。 LJ20−1型はもともとオリジナルは助手席のヘッドレストがない。これを探し続けていたのだが、偶然にも解体屋でお目当てのシートに出会うことができた。 バネがヘッタっていたので、バラして鉄の板を追加、フレームも塗装した。 前回に引き続き、我が愛車LJ20の10年間の足跡をご紹介します。「ジムニーは等身大のオモチャ」とはよく言ったもの。幌の作成に始まって荷台の蓋、愛犬用のスペースまで、クルマを様々にカスタマイズして楽しんでいます。いや〜ジムニーってホント、いいですね。 岡村博文(広島県)  四駆とカメラ、ツーリングと温泉、そして旬の海鮮モノが大好きなエリアレポーター。愛車はジムニーLJ20とJA11. 写真上段:自作幌&ハーフドアを装着した愛車で砂浜を駆ける私。若い!写真下段:ハーフドアはビニール製。このように座席側面のバーにスナップボタンで取り付ける。車体にも同じバタンを付け、バタ付きを防止した。 自作の初代ビキニトップ(左)と外注の二代目ビキニットップ(右)   左が自作幌(ビキニトップ)。ビニールとナイロン布で3層構造にして、ミシンを使って自分で縫った力作だ。ボロボロの純正ドアは、1回糸を抜いて、同じ穴に糸を通して補修した。 安全のために後付けしたロールバー。助手席に座っているのは10歳当時の息子・康弘(現17歳)です。 別表で下記に説明 純正ホックで簡単脱着:自作の幌には純正同様スナップピンを付け、脱着が容易に行えるようにした。ミシン縫いの苦労の跡、見えます? エンジンも換装した:電装パーツ類も少なく、エンジンの積み下ろしから組み立てまで、さほど困ることはなかった。 ミッションの脱着作業は知人の自動車整備業者のピットを借りて行った。 クラッチ板、クラッチカバー、フライホイール等をバラして具合を確認した。 左が古いクラッチ板。磨耗していたので交換した。右が新品のクラッチ板だ。 20年間大切に保存してきたパブリカ 昭和42年(1967年)式トヨタパブリカ・ピックアップUP20。地元の消防車だったのを手に入れたのは1981年。私が売った後に、6月に行われた「名古屋ノスタルジックカーショウ」に出品されていたらしい。 保存状態は良好。リアまでキズひとつない。790ccのピックアップで、小型貨物登録だ。 走行距離は13,903km。メーターは速度計だけのシンプルなもので、140km/hスケールとなっている。メーターの下の「ならし運転の速度制限」というステッカーが時代を感じさせる。 1992年式JA11(手前)と1972年式LJ20(奥)。どちらもそれぞれに素晴らしい魅力があって、甲乙付けがたい。 なぜか買ってしまったSJ30(書類付)。でも、この原稿執筆中に新しいご主人様が決まった。 これがLJ20の部品取り車。半分土に還りかけているように見えるが、私には大切な宝の山なのだ。 本文最後に別記あり 「今やカメラとジムニーは私のライフワーク」。と言ったら少し大げさかな。でも、それぞれに思い出深い出会いがあるんです。今回は、私の友人となってくれたカメラ&ジムニーとの馴れ初めを語ってみようと思います。