エリアレポーター通信のTOPへ

No20.
 2004年1月号

2003年11月26日発売

林道舗装化反対の話から環境問題を考える



   


林道ツーリングから自然環境問題を考えることになった。
林道を舗装道路にすると言う話は、広島県の西部にあたる「十方山林道」である。
東部に住む私たちには、報道でしか知らなかった。
ツーリング中に、「舗装化・反対」の方々と遭遇し、少し意見を聞くことができた。
学んだことは、「林道走行中のマナー」である。




広島県の十方林道が舗装化される
反対される方と話ができた

前月号(12月号)のエリアレポーター通信で紹介した「レストアしたJ7と十方山林道を走る」で、その林道を走った時のことである。川辺で昼食を済ませて荷物を積み出かけようとした時に、林道を歩いている7〜8人の方に遭遇した。少し気になったので、近寄って聞いてみた。

@何をしているのですか?
                   (答)県知事の許可を得て植物調査をしている。
A何故、調査をしているのですか?
                   (答)林道を舗装化する反対の資料集めで。
Bなぜ反対されているのですか?
                   (答)数十億円もかけて意味がない。
C舗装化の話はどうして出たのですか?
                   (答)吉和村と廿日市市が合併で浮上した。
D舗装化の賛成理由は?
                   (答)林業・観光・ワサビ栽培のため。

 もっとゆっくりとお話をしたかったのだが、調査中で日が暮れるまでに林道を出たいと・・・朝7時30分からやっているとのこと。詳しくは資料「細見谷と十方山林道」¥800円で買い、「森と水と土を考える会の会報誌」を渡された。そう言えば、新聞やテレビなどの報道で、「十方山林道を舗装する反対をしている方・・・」がおられることを思い出した。
 舗装道路にするのは中止になったと思っていたが、よく聞いてみると、決定されていないとのこと。会話の相手(名刺を交わした人)は、「森と水と土と考える会」、代表の原戸さんと会員の堀さん。
 その本を読んで凄く勉強になった。森と水と土が渓流にどれほど影響して、下流の渓谷に及ぼし、ここでは、大田川=広島市に関係し、その後は海に関わることを知った。
 それ以上に、私たちが走る林道の表面や路肩の自然がどれくらい貴重なものか?知れば、林道内を走るときに注意するべきことがよ〜く分かった。林道を走る者として、衆知したく、読者の皆さまにもほんの少しでも知ってほしいと思った。



ちょっと難しい勉強をしてみよう
自然環境と林道の重要性について

 
どこの地域でも「林道を舗装道路」にする時に言えることとして読んで頂きたい。
 資料を読んで「渓畔林」というに言葉に凄く興味を持った。
細見谷と十方山林道は大田川の最上流部に位置し、学術的にみて極めて価値の高い渓畔林群集が存在。渓畔というところは、森林生態学からみて、森林〜河川の水循環において干潟と同じ役割で、水質浄化に非常に重要である。
渓畔というのは、出てきた水が河川に流れ込む、ちょうど境界(エコトーン)である。
渓畔の自然林は非常に詳細で、ちょっとした工事でも、生態系に及ぼす影響は非常に大きいそうだ。
 道路工事でエコトーンが撹乱され、斜面と渓流の断絶(※1)ができ、舗装化で道路下を固めると水の断絶となる。微妙な水位で保たれている、植物群落、水生昆虫、魚介類は致命的な生態学的にダメージを受ける。生態系が崩れると、水質も悪くなり、下流の広島市の水も汚れ、それを人間が飲むことになる。この本にはダートの林道を舗装化にしない理由のひとつでエコトーンになる場所を実地調査(※2)がなされているのです。
 また、舗装すると道幅は広がり、その道の横に水路ができ、挙句の果ては積みあげられた土手もできるだろう。これで、森林からの地下水が渓流に流れなくなる。
これで、林道を舗装することで、自然環境が変わることになることが学べただろうか?



自然環境は世界の問題?
その中で地域の「十方山林道」を考える

地球規模で見ても自然を破壊しているのは人間であることを自負してほしい。
自然環境と提言すると、「迫り来る地球環境の危機」「世界遺産」「日本列島の森林の価値」「大規模林道計画」「特定植物・生物群落」「地域振興」等を語ることになる。これらは、緻密な調査と意見交換とを繰り返され蓄積されたデーターをもとに意見交換が成されているのは知っている。
それを地域に住んでいない外部の者が意見するのもどうかと思うが・・・。
しかし、今回の調査されていた方の意見として意を寄せるなら。
自然環境問題からではなく、生活環境からの問題として言うなら・・・。
林道を反対される立場で言うなら、林道内に民家もないところに、数十億円もかけてどうする。もっと人間が住んでいるところで、生活に不便な所(その地区)があるのに、納税している方に近い方に予算取りしたほうがいいのではないかと。確かに林道内で地元の人とは遭遇しない。どう見ても町外の方々としかすれ違わなかった。
林道の一部を工事したから、明日から水が濁れるわけではない。ただ、それを元通りに戻すには、数年〜数十年かかるということを認識した方がいい。もちろん林道を舗装しないだけでは自然破壊に対しては解決したことにはならない。自然を保ったということで少しでも次の世代に持ち越したということだろう。



ダートの林道は立派な自然なのだ
走行には細心を払うべきだ

 
私自身、いままで、ダートの林道はただの「道」としての認識しかなかった。
でも、今回の「渓畔林」「エコトーン」を知ってから、考え方が変った。
自然界の森林や渓流などと同じく、「ダート道」も立派な自然の環境を備わった領域であることを学んだ。
 あえて今回、この自然環境についてお話がしたっかったのは、林道を走る者としての「心得」を学び、他の林道を愛する方々(林道を走る2輪ライダーや四駆ツーリング仲間)にも知ってほしかったからです。
 林道を走る私たちができることや「ダート林道」での心得とでもいうか?

@むやみに路面を掘り起こさないように走る。
地面より下に水が流れていて、それも渓流に流れ込んでいることを知ってほしい。また、表面に流れている水(湧き水)の筋を変えないように走るべきだ。この水で生き延びている植物や静物が存在することも認識するべきだ。水溜りも森の一部です。

A対向車を交わすときは、むやみに路肩まで寄らないこと。

 この十方山林道では、道際にある植物で、国内でも希少な植物が多い。夏には幅が3m以下になり、そこには極めて多様性に富み、貴重類も確認されている。それをタイヤで踏み潰すと繁殖の妨げにもなりかねない。少しでも広いスペースを探し車を交わすことをマナーとするべきだろう。

                         ●

 今後、訪れる林道が、長〜い時間が経っても、同じ景色を見せてくれることを要求するのは、私の身勝手だけだろうか?

 私たちに「林道で教えてくれる自然の美しさ」を保つためにも、無謀な工事はやめてほしい。
今後も綺麗な自然環境(森林・渓流・ダート道)が私たちを暖かく迎えてくれることを願う。

 その後、私を含め狸組のメンバー達(四駆ツーリングクラブ)にも賛同していただいて、「十方山林道、舗装化反対」の署名運動にも参加させてもらった。
「森と水と土と考える会」、代表の原戸さんからの御礼の言葉と同時に、もっと多くの方々に知ってほしいのと、色々な立場の方々からも意見を聞きたいと手紙をもらいました。

 これから先、人間は、自然を守るという責任を果たすべきだろう・・・と、強く感じた!




(※1)説明
森林から渓流に流れるのは地下を伏流水があり、これが自然界に大きな役割を果たしている。渓畔林を形成するエコトーンとなる位置に林道が存在している。現在ではそのエコトーンがダートという林道でやっと保たれている。そこに人間の手が加わり破壊され水の流れを止めることになる。
林道において舗装するというのは、このエコトーンをはっきり付けることになり、渓畔林をなくすことになりかねない。そうすれば、生物や植物や森林も体系を崩しことになり、これを一般に自然破壊ということになる。
(※2)調査方法
この調査は十方山林道に行ったものですべての林道についてのものではない。
伏流水の水位測定、水温の測定。渓畔林に接する林道際の山側を中心に測定39地点で、そのうち33地点が伏流水の水位が道路面から50cmよりも浅い。この地点では林道下50cm以浅を伏流水が林道を横断して渓畔林側に流入している。仮に現在の林道がアスファルトされるとなると50cm以浅は掘削、地固めなどの影響で伏流水が遮断される可能性が高いと判明した。





「細見谷と十方山林道」報告書と「森と水と土を考える会」会報誌。十方山林道に関する調査結果や自然についての意見が詳しく書いてあり、かなり勉強になった。

調査として、県知事の許可を得て採取した「シダ類」。撮影のために見せてもらったが、もっと多くの種類を集めておられた。

「細見谷と十方山林道」保酷暑の中の渓畔林についての説明。

「森と水と土を考える会」のメンバーが林道脇の「シダ類」を中心に採取と調査をされていた。近寄りお話をさせてもらった。

高さ3〜4mにあるシダは、望遠鏡で探し、長さ調整ができる竿を使い、1本だけを丁寧に採られていた。




「栃の木の葉と実」

この実は、道に落ちると小動物に食べられ結構貴重だそうだ。
確かに、実の外のカラだけは沢山あった。


              


従来通りのベッド長を確保しつつ、荷物の出し入れを車外に出ずに行うために、ベッドの天板を半分にし、運転席の後ろ側のベッドを取り去った。 走行中にう荷物の転落を防ぐため、ベッド後部にパイプを装着。ボデイーとパイプの間にゴムを渡して荷物を縛る。 左右に渡す梁は、運転席側を取り去り、後部は残した。前部は梁の位置を下げ、L金具で補強。 ゴムを止めるボディー側は、窓の保護棒を利用。廃品利用で2本に増設し、保護効果も高まった。 向かって左下部に救急道具(牽引ロープ、ブースターケーブル、予備燃料等)や食事道具、ランプ類などを収める。 ベッドを組み立てたまま走行できるようになった。この状態で3段の棚が出来たことになり、ベッド上にパソコンや地図、カメラのレンズなどを置いて走行できる。 ベッド上に置いた荷物が走行中に滑って運転側に落ちるのを防ぐため、幅木を装着。些細なことだが、その効果は絶大だった。 太陽が沈むに従って、海面から橋脚が紅く染まる。瀬戸内海の島々が霞み赤と黒のコントラストがなんとも綺麗だ。 松林大利明林道(野村町)。林道はフラットで、路面も走りやすかった。 佐田岬を去る時にふと振り返ると朝靄が海に向かって浮遊していた。 牛ノ峯林道(双海町):愛媛県、双海町の牛の峯(標高896m)と内子町にまたがる林道。行き止まりで、向きを変えた。 佐田岬物産センター「三崎猟師物語り」三崎漁協直営店。アワビ、サザエ、、伊勢海老等が生きたまま販売されている。 サザエのつぼ焼きの横で、伊勢海老を焼いていると、気になってしょうがない。つぼ焼きでは、日本酒と醤油を少しいれる。 刺身にした伊勢海老を味噌汁にした。狸組のツーリングでは伊勢海老をがメニューになったのは始めてだろう。 標高1,485mの天狗峰を最高峰に25kmにわたって広がる、日本三大カルストのひとつ。北には石鎚連峰、南には室戸岬や太平洋を一望できる視界360度の見渡す限りの大パノラマ。天狗高原の緑の牧草に白い石灰岩の風景の中で牛がのんびりと草を食べる姿を見ていると・・・。 亀の井(うどん屋)。みんなのリクエスト通り、美味しいうどん屋さんにお連れしました。みんな「しょうゆうどん」を注文し、替え玉を注文していた。 今回のツーリングに参加した広島の仲間、「狸組」の面々。中央の白いジムニーJA11が私・岡村の愛車です。 愛媛県今治市と大島を結ぶしまなみ海道の来島海峡大橋に沈む夕陽。撮影場所は大島の「亀老山」展望台。 本文下の(説明 2)、お読みください。 本文下の(説明 3)、お読みください。 本文下の(説明 4)、お読みください。 本文下の(説明 5)、お読みください。 本文下の(説明 1)をお読みください。 地図を見ているのは、今年高校1年生の我が家の長女、好恵です。娘も、時々私の趣味の写真撮影に付いてきます。 私の愛車、ジムニーJA11の車内灯は、何と運転席側のBピラー上にタバコの半分大のものあひとつついているだけ。これでは、夜の暗がりの中で、地図もまともに見れません。 車線変更ラクラクミラーM2Voi  M2は、ワイドタイプのミラーとしても使えるし、1/3だけ別角度に向けて、サブミラーとして使うこともできる。左ハンドルの車にも対応できる。 M2ミラーを裏からみた図。ボールジョイントを使って、サブミラーが自由に動かせるようになっている。詳しくは、ケイズコーポレーションのホームページ「http://keizu-corp.com/pc/」をみて欲しい。 (説明 1) (説明 2) (説明 3) M2サブミラーを助手席窓に合わせると、左上の図のCの位置のクルマがこのように見える。 本来、Cの位置のクルマは、このように振り返って目視しないと見ることができない。 Aの位置の車は、M2サブミラーでは見えないが、Bの位置では、とてもよく分かる。ただし実際は、ヘッドレストがもっと大映しになってしまい、ちょっと見づらくなる。 M2ミラー装着前の状態。ワイド型ミラーをつけていた。左サイドの純正ミラーも、たいした視線移動なしに、フロントウインドゥ越しに見ることのできるもので、気に入っている。 中古のエアコンユニットを探していたら、折良く部品取り用のクルマが手に入った。こちらも前部衝突の事故車だったが、運良くエアコンユニットは無事。被害は及んでいなかった。 ●本文の終わりに説明● ジムニーJA11のエアコンユニット  これが部品取り車から取り外したエアコンユニット。クーリングファンの下にあるのがコンデンサー。細いフィンと冷媒の通る管からなる構造はラジエターに極似している。実はエバポレーター内部のこれとよく似た構造なのだ。 部品取り車のエアコンユニットの取り外し作業をする私。難しいところはプロに手伝ってもらった。 年式によって構成パーツが異なる  上が平成4年式、下が平成6年式ジムニーのリキッドタンク部。冷媒も違うが、使用するパーツも微妙に異なっていたため、丸ごと交換することにした。 オゾン層を破壊しない冷媒  右が古い冷媒。左がオゾン層を破壊しないと言われる新しい冷媒(HFC134a)。どちらも詰め替え用ガスとして入手できる。内容量は200g。 エアコンの不調の原因はココ  この部分、黒く汚れているのがおわかりいただけるだろか。衝突の影響だと思うが、コンデンサー下部が壊れ、パイプから冷媒が漏れていた。 エバポレーターについてホコリ取りは大変だった! @エバポレーター上部の樹脂製カバーを外した状態。フィンにホコリが・・・。 Aホコリを取るのに様々な方法を試したが、結局この方法が有効だった。 B集めたホコリ。どうです。63000km走行でこの量。ゾットします。 C最後に、洗浄液(速乾性タイプ)をシュ〜と万遍なく吹きかけて終了。 秘密基地のできるまで@ 本邸裏手、ガレージ予定地の整地。経費を浮かせるため、ユンボとダンプを借りて自分で作業した。 秘密基地のできるまでA 道路とツライチになるまで掘り下げた。これは1階のガレージにクルマを入れやすくするための措置。 秘密基地のできるまでB ガレージの基礎を打ち、木製の柱を組み立てたところ。2階建てで、上下とも各31uの広さにした。 秘密基地のできるまでC 完成!!ガレージにはシャッターを取り付け、外気をシャットアウトできるようにした。2階も窓付きとした。 1階のガレージにはクルマやバイクを収納。胴体部がコンテナになったサンダーバード2号よろしく、キャンプ道具を積んだジムニーが待機している。 秘密基地の司令部となる2階の部屋。サンダ-バードでいうなら「多機能宇宙ステーション」。ネットを通じ、あらゆる情報が入手できる。 壁には、予備の燃料タンクやグリル、ラジエター、エアクリナー等も吊ってある。 LJ20のウィンカーやライトなど、バラバラにしたパーツを箱に入れて保管している。 スチール棚を3組並べ、ジムニー(LJ20)の予備エンジン2基、ミッション1基、トランスファー1基などを保管してある。 2階は、私の「趣味の宝物」がある。回転椅子360度回転せば、それらはいつでも手に取ることができる。また、ここは情報を集め、整理し、次の遊びをいかに楽しくするかを作戦する部屋でもある。写真の自転車も、サンダーバードメカのごとくいつでも出動可能なのだ。 岡村博文(広島県)  四駆とカメラ、ツーリングと温泉、そして旬の海鮮モノが大好きなエリアレポーター。愛車はジムニーLJ20とJA11。 最初はリアの荷台に蓋がわりの板を渡し、ボディー同色にカラーリングしていた。 荷台に渡す板は収納時のことを考えて板はこのように2枚に分割可能とした。 分割式とした2枚の板は金具で連結するようになっている。 愛犬ログを乗せるスペースを作った。脱落防止の柵は、長男の使っていたベッドの手すりを加工して作った。ログもなかなか気に入ったようで、手すりにアゴを乗せたりしてリラックスしながら乗っている。 1999年に行った紀伊半島・十津川ツーリングにて。たぬき組の中には古いジムニーを愛する者が多い。 助手席から荷台にかけてベッド板を設置したが、荷台の上にまたがるバーが曲者だった。このバーのおかげで寝返りがうてず難儀した。 助手席を外した場所には荷台と同じ高さになるように木製フレームを設置し、その上に板を渡した。 助手席後ろに取り付けてあったスペアタイヤは、このように荷台に渡した板の上に固定してみた。 LJ20用オリジナル幌・最新バージョン   LJ20に乗る友人が先に作った幌を参考に、自分のアイデアを盛り込んで設計した最新版のオリジナル幌。幌の取り付けや取り外しの時間が短く、ドアも脱着できる。いろんな状況に対応可能で、個人的にかなり気に入っている。製作は近 ミシンを使って自分で縫った初代幌。堀ドアはボロボロだった純正幌を修理したもの。 幌ドアを取り外せばビキニトップ仕様に・・・   新型幌もビキニトップ形状。ドアを取ればかなり爽快だ。 幌側面にも工夫がある・・・   幌側面は純正幌骨に結びつける。幌の横幅に余裕があり、雨滴が進入しづらくなった。 透明フィルムの取り付け・・・   リアの透明フィルムは、このように紐を使って、純正の幌骨にくくり付けるようになっている。 折り畳めばコンパクト・・・   幌も幌ドアも外して折り畳んでしまえばこんなコンパクトになる。収納性は純正の比ではない。 透明ビニールで密閉・・・   雨の日、寒い日は透明なビニールシートで後ろ側の空間を遮断する。 これがテント屋に頼んで新たに造り起こしてもらったオリジナル幌。使い勝手は素晴らしくよくなった。 風通しをよくしたい時は、このようにハーフドア仕様になる。 幌と幌ドアの密閉性が向上し、キャビンは雨漏りしなくなった。 幌ドアはこのようにジャンパーを使って開閉するようにした。乗り降りは多少面倒になったが、全体の密閉性が向上した。 トランスファーギヤが折れ、グチャグチャに・・・   図はLJ20のトランスファーギヤ。走行中に四輪ロックした事故の後にバラしてみると、ギヤが折れ、ギヤボックス内がグチャグチャになっていた。左図中、グレーに着色してあるのがトランスファー周りで交換した部品。オ 写真はトランスミッションのハウジング。ニコイチでパーツを揃えるなどして整備した。 こちらもトランスミッションのシャフトとギヤ。サードギヤまわりでは、新品の純正部品が入手できないものもあった。 標高560mの高台にあるタヌキの城(ログハウス)。手作りのため、完成までに7年かかった。 1992年に水漏れしていたラジエター本体を修理。1993年にはサーモスタットと冷却水まわりのゴムホース、そしてゴムホースを止めるクランプ等を全て交換した。 LJ20−1型はもともとオリジナルは助手席のヘッドレストがない。これを探し続けていたのだが、偶然にも解体屋でお目当てのシートに出会うことができた。 バネがヘッタっていたので、バラして鉄の板を追加、フレームも塗装した。 前回に引き続き、我が愛車LJ20の10年間の足跡をご紹介します。「ジムニーは等身大のオモチャ」とはよく言ったもの。幌の作成に始まって荷台の蓋、愛犬用のスペースまで、クルマを様々にカスタマイズして楽しんでいます。いや〜ジムニーってホント、いいですね。 岡村博文(広島県)  四駆とカメラ、ツーリングと温泉、そして旬の海鮮モノが大好きなエリアレポーター。愛車はジムニーLJ20とJA11. 写真上段:自作幌&ハーフドアを装着した愛車で砂浜を駆ける私。若い!写真下段:ハーフドアはビニール製。このように座席側面のバーにスナップボタンで取り付ける。車体にも同じバタンを付け、バタ付きを防止した。 自作の初代ビキニトップ(左)と外注の二代目ビキニットップ(右)   左が自作幌(ビキニトップ)。ビニールとナイロン布で3層構造にして、ミシンを使って自分で縫った力作だ。ボロボロの純正ドアは、1回糸を抜いて、同じ穴に糸を通して補修した。 安全のために後付けしたロールバー。助手席に座っているのは10歳当時の息子・康弘(現17歳)です。 別表で下記に説明 純正ホックで簡単脱着:自作の幌には純正同様スナップピンを付け、脱着が容易に行えるようにした。ミシン縫いの苦労の跡、見えます? エンジンも換装した:電装パーツ類も少なく、エンジンの積み下ろしから組み立てまで、さほど困ることはなかった。 ミッションの脱着作業は知人の自動車整備業者のピットを借りて行った。 クラッチ板、クラッチカバー、フライホイール等をバラして具合を確認した。 左が古いクラッチ板。磨耗していたので交換した。右が新品のクラッチ板だ。 20年間大切に保存してきたパブリカ 昭和42年(1967年)式トヨタパブリカ・ピックアップUP20。地元の消防車だったのを手に入れたのは1981年。私が売った後に、6月に行われた「名古屋ノスタルジックカーショウ」に出品されていたらしい。 保存状態は良好。リアまでキズひとつない。790ccのピックアップで、小型貨物登録だ。 走行距離は13,903km。メーターは速度計だけのシンプルなもので、140km/hスケールとなっている。メーターの下の「ならし運転の速度制限」というステッカーが時代を感じさせる。 1992年式JA11(手前)と1972年式LJ20(奥)。どちらもそれぞれに素晴らしい魅力があって、甲乙付けがたい。 なぜか買ってしまったSJ30(書類付)。でも、この原稿執筆中に新しいご主人様が決まった。 これがLJ20の部品取り車。半分土に還りかけているように見えるが、私には大切な宝の山なのだ。 本文最後に別記あり
 4×4MAGAZINEのレポーターTOPへ



 無断使用禁止・著作H.Okamura Logoは使用許可済

http://oka39.net
2002/01/03よりカウト 

「今やカメラとジムニーは私のライフワーク」。と言ったら少し大げさかな。でも、それぞれに思い出深い出会いがあるんです。今回は、私の友人となってくれたカメラ&ジムニーとの馴れ初めを語ってみようと思います。